夏鎖は綱垣を待っていた。
夏鎖がいるのは曇天が広がる池袋。いわずと知れた作家の聖地だ。数多の小説の舞台となるだけではなく、池袋に住む作家も多数おり、池袋駅周辺の本屋には名だたる作家のサインが飾られている。太宰治と森鴎外の墓が並ぶ三鷹も作家の聖地ではあるが、池袋には敵わないだろう。
「よしっ…」
夏鎖は待ち合わせ場所である西武池袋線改札前で綱垣を待っていたが、時間である1時を過ぎてもそれらしい人影はない。しかなしにその周辺をうろつくと、綱垣がいた。否、いてしまった。
相変わらず見るに耐えない醜悪な顔面を貼り付けたその頭部は日本人がここまで堕ちてしまったのかと、錯覚するものだった。
「おい」
こちらにまったく気づかない綱垣に声をかけると、パソコンに向けて伏せられていた顔面と、それに付随する濁った瞳が夏鎖の普通のそれに収まり、思わず吐きそうになる。しかし、夏鎖だって伊達に3年近く綱垣と友達?関係であるわけではない。見慣れてしまったそれは気にしないように、雨が降り始めた池袋の街に繰り出す。
夏鎖がまだ昼食をとっていなかったため、軽く食事を済ませた後、手頃な喫茶店に入った。
そして、綱垣のパソコンの中に入っているものを見て愕然とした。
「なんだこれ?」
綱垣が意気揚々に見せてきたのは、前々回でそれなりに形になっていたものの続きでもなければ、前回作り直すと言っていた設定でもなく、ただの梗概だった。
「なめてんの?」
「いや…」
「設定を作ってこいって言ってんだよ。あらすじじゃなくてさ」
「設定って、これがそのーー」
「これは概要とか梗概っていうんだよ! 前会ったときから二週間以上経つのに、何も進んでねーだろが!」
夏鎖は言い切ってため息をついた。
「すいません! 今から作ります!」
「当たり前だ!」
そこから三、四時間、なんとか設定が形になったところで、今日はお開きとなった。
「プロットはいつできるんだよ?」
「い、一週間以内には…」
「三日でやれ」
「頑張ります」
頑張りますは頑張らない奴が言うんだよ。夏鎖は捨てゼリフを吐き捨て、休日の人混みに身を投じた。
「とりあえず設定はできたし、まあよしとするか」
SUNder BIRDはほんの少し、飛び立つ準備を始めましたとさ。
ーto be continued